はねこ日記

趣味の話してます。ディズニーや創作活動の話題中心。

【脚本公開】学生時代に演劇部に入っていたときに書いた脚本を見つけた。せっかくだから晒す。

ステイホーム週間真っ最中の、はね子です。

 

ここ最近、パソコンデータとにらめっこする日々なのですが、今日はまた新しいものを発掘しました。

そう、学生時代に描いた【演劇脚本】。実は私、大学生の時小規模な演劇部に入っておりました。基本的に演技するのは苦手で小道具とかで関わっていたのですが、脚本は何本か提供していたんですよね。部活には全部で3本提出して、そのうち1本だけ採用されて公演に至ったのは良い思い出。(一時期部活動の雰囲気が荒むレベルの暗い脚本だったので、その点は激しく後悔している)

 

で、今回見つけたのは場面転換とか設定とかが無茶苦茶すぎて絶対に演出できないと思ったお蔵入り作品。卒業公演の時に同期メンバーには見せたような気もするけど、いまいち記憶にないので多分日の目を見なかった脚本です。

 

個人的に気に入っていたので、いっそのこと晒すことにしました。笑

 

やっぱ、人に見てもらって評価してもらうのって大事だよね。嬉しい意見も厳しい意見もどっちも有難いし。

一応、素人の学生が書いた脚本であるので、設定などもありきたりであることは前もって言い訳しておきます。何か特定の漫画とかの設定をパクった覚えはないけど、確か種村有菜先生の『時空異邦人KYOKO』を意識してたような気がする。全然内容違うはずだけど(中学生くらいに呼んでた漫画なので話の内容もいまいち覚えてない)。

 

つまりはそういう【時間】をテーマにした脚本です。何かに似てても許してね!!(というスタンスで突き通す)

 

では、以下から作者名以外全文そのままで晒しますので、気になる方は『続きを読む』からでお願いいたします。

感想等があればとても喜びますので、どうぞよろしくお願いいたします。

ちなみに、約三万字の脚本なのでそこそこに長いです。

(流石に時間軸ミスってたところは直しておきました。公開したあとに読み返して気づきました、てへぺろ 2020/04/30訂正追記)

 

 

「懐中時計」 作:はね子

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登場人物

トキ(どちらでも可) … 時間屋。台詞量が多い。

長谷川幸(男) … 警察官。口が悪い。最多の台詞量。大変。めっちゃ大変。

木崎敬一郎(男) … 警察官。幸の親友。そこそこの台詞量。途中死ぬ。

松井美里(女)… 婦警。幸と敬一郎の上司。出番は少ない(当社比)。途中で死ぬ。

東雲百合(女)… 幸の恋人。キャバ嬢。そこそこの台詞量。

橘信二(男)… 幸の恩人。元警官。出番少ないけど、主要人物。

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カップル1(女) … モブ。うざい。 

カップル2(男) … 同上

ストーカー男(男) … 脇役のくせに台詞量がそこそこある。

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≪衣裳≫

警官役の3人は制服が必要になります。橘は不要。コートっぽいのがある良い。

百合の衣裳はキャバ嬢に近いものが良いです。幸と百合は私服変更があります。

トキは明らかに人間が着なさそうな、へんてこなものが良いです。

脇役は適当に。

 

≪小道具≫

 マイムにするか、実際に用意するか要検討。

 時計は必須(タイトルが懐中時計なので懐中時計のほうが良いです)。

 

≪大道具≫

 椅子になりそうなものは舞台に設置しておきたい。

 場面転換が多いため、要相談。

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序章 もしもの話

 

SE:時計の音 (カチ、コチ、カチ、コチ)

 

■中央にトキ、背中合わせに幸が立っている。

 上手に親友(敬一郎)、下手に恋人(百合)、中心を見ないように立っている。

 

◇照明 トキをスポット

 

トキ「もしもの話をしよう。

   今、君の目の前には1人の親友と、1人の恋人が崖から落ちそうになっている。

   とてもありきたりな話だが、片方を助けようとすれば、もう片方は崖から落ちる。

   君には時間がない。2人とも助ける時間が。

   崖の下は真っ暗で何も見えない。……底なしだ。

   確実に君はどちらか一方を失うことになるだろう」

 

◇照明 スポットで上手(親友)を照らす

 

トキ「親友を獲るか?」

親友「幸、俺ら親友だよな!!」

 

◇照明 スポットで下手(恋人)を照らす。

 

トキ「それとも、恋人を獲るか」

恋人「幸君。私、君を信じているから!!」

 

トキ「君は選ばなければいけない」

親友・恋人「「俺(私)を選んでくれるよな(ね)!?」」

 

SE:時計の音 (カチ、コチ、カチ、コチ)

 

■トキ、懐中時計を取り出して、時計を止める動作。同時に時計の音も止む。

 

トキ「…………さて、君の答えは?」

幸「俺の答えは……」

 

◇照明 消す

 

■真っ暗の中で、親友と恋人の悲鳴が上がり、バタバタと裏にハケる。

 時間屋もその場を立ち去っておく。

 

◇照明 赤

 

幸「……いらない。どっちも俺には必要ない」

 

 

第1章 邂逅

 

■幸は公園のベンチで休んでいる。

 

幸「……暇だ、暇すぎてつまんねー」

 

■上手から敬一郎登場

 

敬一郎「おっ、いたいたー! ようやく見つけたぞ、さぼり警官!」

幸「げっ、敬一郎!? もう見つけに来たのかよ」

敬一郎「お前が巡廻に行くなんか信じられるはずないだろー? 何かにつけてさぼりのネタを探しているような奴、監視しておかないと駄目だよなぁ」

幸「うっせーよ。毎日、こんなに平和なのが悪い。大体、俺が警官になったのはこんな風にだらだらするためじゃねーんだよ。こう、なんてゆーの? ドラマみたいに『何時何分、犯人確保!』とかやってみたかったわけ。こんな地元の交番勤め……やる気も出ねーっての」

敬一郎「お前、それはマジでテレビの見すぎだろ。毎日殺人事件なんか起こるはずねーっての」

幸「どっかの少年探偵は365日事件に巻き込まれてるじゃねーか」

敬一郎「あれは時間軸がおかしいだけだ。俺はあんな風に毎日人が死ぬよりも今みたいな平和のほうがよっぽどましだな」

幸「マジのレスポンスしてんなよ。分かってんだよ、それくらい」

 

■幸、大きくため息を吐く

 

幸「でもな、やっぱ憧れてたんだよ。

  とんでもねー大事件にかかわって、こう、手柄を立てる……ロマンだろーが……」

敬一郎「……ま、わからなくもないけどな。でも、平和には変えられねーだろ」

幸「……俺はそんなに割り切れる性格してねーんだよ……せっかく夢が叶ったってのに、こんな……」

敬一郎「俺は、交番勤務が悪いなんて全く思わねーけどな……たく、まぁ、いい。今回は優しい先輩であるこの俺が夢見がちな後輩のメンタルケアのために見逃してやろう!……もう少し息抜きしてそれから帰ってこい。美里巡査部長には、俺から言っといてやる」

幸「……敬一郎、俺お前と同期なんだけど」

敬一郎「俺のほうが1カ月だけ早くここに来たから先輩だろ!!」

幸「いや、俺の書類がうまく伝わってなかっただけで書類上では同期だって」

敬一郎「どうでもいいんだよ!! たっく、上げ足獲るのばっかりうまい奴め」

幸「ははっ、悪い悪い。恩に着る」

 

■軽く小突き合うぐらいのマイムの後、敬一郎が去っていく。

 

幸「……現実なんて、こんなもん……だよなぁ。正義のヒーローや悪の大魔王なんて当然いないし、殺人事件だってめったなことじゃおきやしねぇ。……つまんねぇ人生だな」

 

■下手からトキ登場

 

トキ「こーんにちわ! シケッた面してますねぇ、お兄さん!」

幸「うわっ!? な、なんだ、お前!?」

トキ「おや、驚かせてしまいましたぁ? でもでも、お兄さんはスリルをお求めだったんでしょう? ありますよぉ! 今すぐにでもスリルと隣り合わせにできる方法!」

幸「……はぁ? 何言ってんのあんた。てか、誰?」

トキ「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね! 私は時間屋。人々に時間を売っている者です。本名は人には教えられない規則となっておりますので、お気軽にトキとお呼びください」

幸「……時間屋? トキ?」

トキ「そう、その通り! 時間屋である私はあなたにとびっきりのスリルを提供できますよ」

幸「……あほくさ。ガキの遊びに付き合ってる暇は警察官にはないんだよ」

トキ「ええー? 嘘つかないでくださいよぉ。つい5分前には、暇すぎてつまらないって言ってたでしょ?」

幸「確かに言ったけどな。それとこれとは話が違うんだよ! 公務執行妨害で逮捕されたくなければ去れ!」

トキ「……いいんですかー? せっかくのチャンス、棒に振りますよぉー」

幸「……だから、俺は」

トキ「幸さん、今からあそこに1組のカップルが来ます。見ていてください」

幸「……はぁ?」

 

■上手からカップル(以下、カ1・カ2)登場

 

カ1「たっくぅーん、私ぃ、きょーう、たっくんのおうち、行きたいなぁ~」

カ2「めっぐちゃーん、僕もぉ、そう思ってたとこぉ~」

 

カップル、イチャイチャしておく。

 

幸「……なんだあの絵にかいたようなバカップルは……」

トキ「いやぁ、ムカつきますねぇ! 平日の真昼間からベタベタベタベタと! うっとおしいですよねぇ、幸さんは彼女とイチャコラする暇もなく働いてるっていうのに!」

幸「いや、俺はお前のほうがうっとおしいんだけど」

トキ「いや、失敬! そういえば幸さんにはイチャコラする彼女もいませんでしたよねぇ!」

幸「うっせーよ!」

 

カ2「めぐちゃーん、僕ぅ、ちょっと疲れちゃったかも~。ここ、だーれもいないしぃ、膝枕、してほしいなぁ!」

カ1「やっだぁ~、たっくーん! すぐそこでぇ、おまわりさん見てるよぉー」

カ2「いいじゃーん、僕らぁ、悪いことしてないしぃ。めぐちゃんとぉ、ラブラブしーたーいー!」

カ1「やっだぁ~! たっくんってばぁ!!」

 

カップル、ひたすらイチャイチャする。

 

幸「……うっぜ」

トキ「うっざいですねぇ~!」

幸「あんな奴らがいるからリア充爆発しろとか言われんだよ」

トキ「あっはっはー、なら、させておきましょうか?」

幸「はっ、できるもんならしてみろよ。リア充爆発しろなんてな、結局妬みでしか」

 

SE:爆発音

◇照明 赤

 

カップル、倒れる

 

幸「…………は?」

 

◇照明 地明かり

 

トキ「いやぁ、不幸でした! 不幸でした! 実はね、あのカップルは先ほどの時間に爆発に巻き込まれる運命だったんです」

幸「いや、可笑しいだろ!? こんな平凡な公園で、何で爆発するんだよ! お前が何か仕掛けたんだろ!?」

トキ「嫌ですねぇ、私は時間屋。その時間に何が起こるのか、時間に関することを知ることはできるけど、それ以外に干渉することはできません」

幸「はぁ!? だって、お前さっき爆発させるかって」

トキ「何言ってんですか。私は『させておきましょうか』って言ったんですよ? させたんではなく、させておいたんです。その時間になったから、勝手に爆発してしまっただけですよ」

幸「そんなわけ……」

 

カ1「……だ、れ、か……助け……」

幸「……っ、そんなこと気にしている場合じゃない! おい、お前!!」

トキ「はい、何でしょう?」

幸「絶対そこから動くなよ! 後で詳しく事情聴かせてもらうからな!!」

 

■幸、カップルに近づく。

 

◇照明 トキをピンスポ

 

トキ「あっはっは、言われなくともあなたの側を離れませんよ……あなたは選ばれた人間だから、ね」

 

◇照明 C.O.

 

 

◇照明 地明かり

 

幸「……くっそ、あいつ。いなくなりやがって」

敬一郎「災難だったな、お前。でもまぁ、不幸中の幸いというべきか、巻き込まれたカップルは2人とも命に別状はなかった。お前が近くにいたおかげでな。あと少し遅かったら出血多量で死んでたかもしれん」

幸「つーか、何であんな場所で爆発なんて起こるんだよ」

敬一郎「それについては調査は終わってる。犯人が自首してきたぞ」

幸「……どういうことだよ」

敬一郎「自首してきたやつは、アクション映画が好きなバカオタク」

幸「なんだよそれ」

敬一郎「つい最近、仕事はクビになって、暇になったからここぞとばかりに今までできなかったことやってたらしい。まぁ、控えめに言ってとんでもねー野郎だ」

幸「控えめに言ってねーだろ、それ」

敬一郎「発想がぶっ飛んでる。映画とかで爆発地帯をバイクで駆け抜けるっつーシーン、見たことあるだろ?あれをやってみたかったみたいだ。でも、誰も手伝ってくれねーから、自分で時限爆弾セットして……」

幸「……時限、爆弾……だと!? 何でそんなもん持ってんだよ!」

敬一郎「作ったらしいぜ。今時ネットで調べりゃいくらでも出てくる。恐ろしい世の中になったもんだよな。でも、途端に怖くなった。それでやめようと思ったが、解除方法がわからず、仕方ないから放置して逃げたらしい」

幸「…………」

敬一郎「あの公園は平日に人はほとんど来ない。だから、爆発って言っても所詮小型の爆弾だ。被害は出ないだろうとふんでいたそうだが……」

幸「結果、あのカップルが巻き込まれた、か」

敬一郎「そういうことだ」

幸「……ふっざけんなよ!! やったなら責任もて! だいたい解除方法わかんねーなら最初から作ってんじゃねぇ!!」

敬一郎「マジでそれな」

幸「……(息切れを起こし、少し息を整えてから)ったく、じゃあそいつは捕まえたんだよな」

敬一郎「当然だろ。明らかに故意だし、被害者も死にかけた。それ相応の罰が待ってる。そもそも、爆弾を作るってだけでも犯罪だ」

幸「そうだな……」

 

■幸、ガシガシと頭をかく。

  トキ、幸の近くに行けるように幕裏に待機。登場の際は幸の後ろにそろそろと近づいていく。

 

敬一郎「で、まぁ、こっちの事件は解決してる。問題は、そのわけ分かんねー時間屋って名乗ってるやつだよな」

幸「最後の方は良く聞こえなかったんだが、なんか呟いてたはずなんだよ」

敬一郎「……不気味だな」

幸「ああ。マジで気味悪い奴で、意味がわからな……」

トキ「ひっどいですねぇ。人の事、不気味だとか気味が悪いとか」

幸「うわっ!?」

敬一郎「……(幸の反応を見て)な、なんだ!?」

トキ「おっと、驚かせてしまいました? すっみませ~ん!」

幸「お、おまえ! どこ行ってやがった!?」

トキ「えー? 傍におりましたよ。言われた通りに!」

幸「いなかっただろ! 驚かせるんじゃねぇ!」

トキ「いやいや、見えなくなっていただけで、傍にはいましたって」

幸「冗談は格好だけにしろよ、くそ野郎!」

トキ「まったく幸さんは警察官とは思えないほどに口が悪いですねぇ。不良警官ってところですか!」

幸「うっさい!」

敬一郎「な、なぁ、幸……」

幸「っと、そうだ! 敬一郎! こいつだ、こいつが例の!」

敬一郎「お前、誰と話してんの……?」

幸「……は? 何言ってんだよ、今ここに(トキを指さす)」

 

■トキ、敬一郎に対してピース。

 

敬一郎「……俺には、何も見えないんだが……?」

 

■トキ、敬一郎の側に移動

 

幸「見えてない、だと? 今お前のすぐ横にいるんだぞ!?」

敬一郎「……隣に、何かいるのか……?」

 

■トキ、変なポーズや顔芸(敬一郎をバカにするような感じで)

 

幸「……ああ、ものすっごくバカにしてる」

敬一郎「マジかよ」

幸「冗談なんか今言ってる余裕はねーよ」

敬一郎「とはいってもな、俺にはマジで何も見えてないんだが」

幸「……俺だけに見えてるってことか?」

 

■トキ、手拍子を唐突に起こす

 敬一郎の動きが止まる。

 

トキ「はい、私の姿は幸さんだけに都合よく見えています。言ったでしょう? あなたは選ばれた人間だって!選ばれなかった、敬一郎さんには当然見えません。私は頭の可笑しな人間じゃないって、理解してもらえましたか?あ、もちろん、普通の『人間』でもないんですけどね!」

幸「『人間』じゃないってことは、バケモンの類……か?」

トキ「化け物とは失礼ですねぇ。私は神の使いですよー」

幸「……いや、神の使いがこんなおちゃらけてるわけねーだろ」

トキ「いやいや、私の上司であるクロノス様はですね。こちらでは厳格な時間の神として有名ですけど、本性はどうしようもないおっさんなんです。部下の私はクロノス様を見て育って来ていましてねぇ、クリソツだってあっちでは有名なんですよ」

幸「……いや、ちょっと待て。本当に混乱してんだよ」

トキ「あらら、人間は大変ですねぇ。予想外の出来事に対しての臨機応変力に欠けるとは聞き及んでおりましたけど、この程度で混乱をきたすなどクロノス様はまた無能な人間を選んだものです。まぁよいです。いったん、親友と話して落ち着くとよいですよ」

 

■トキ、手拍子を起こす。敬一郎が動き出す。

 

幸「お、おい! 待て、どう意味だよ!!」

敬一郎「なぁ、幸。お前、やばい薬とかやってないよな?」

幸「はぁ!? 何でそうなるんだよ! やってねーよ!」

敬一郎「そうだよな。お前は確かに口は悪いし、手は早いし、さぼるし、どうしようもねーけど……」

幸「さんざん言ってくれんのな、お前」

敬一郎「でも、お前はただ喧嘩っ早いだけのバカだってわかってるからな!!」

幸「褒めてねーよ! それ!!」

敬一郎「いや、だって褒めれる要素はないからな」

幸「うっせー!」

 

■トキ、手拍子。敬一郎、止まる。

 

トキ「敬一郎さんも混乱していて落ち着くどころではありませんねぇ。やっぱり先に説明しましょうか?」

幸「……なぁ、その手拍子、なんだよ」

トキ「え!? 気づいてなかったんですかぁ?」

幸「……いちいちうっとおしい話し方だな。気づいてねーよ、悪いかよ、畜生」

トキ「では、敬一郎さんを見てください」

幸「敬一郎がどうしたんだよ」

トキ「私と幸さんの会話には敬一郎さんは何もツッコみませんよねぇ。可笑しくありません? だって、敬一郎さんには私が見えないのですから、ずっと同僚が空に向かって話してるんですよー?」

幸「……止まってる、のか?」

トキ「はいー、そのとーり」

 

■トキ、敬一郎を触る。頬をつねったり、頭を軽く叩いたり。

 

トキ「だからこんなことされても、怒りさえしませんよ」

幸「なんで俺は動けるんだよ」

トキ「何度言わせるんですか。幸さんは選ばれたから、特別なんです」

幸「…………」

トキ「私は時間屋。時間に関することを知ることができる。でも、それに干渉したりはできません」

幸「今めちゃくちゃ干渉してると思うんだが?」

トキ「今は時間が止まっています。停滞している時は、現実では何も変化しない。つまり、止めることは何も問題ありません。過去・現在、そして未来に至るまで、些細なことから重要なことまですべて、その人の人生にかかわる何かを変えることを『干渉する』というんです」

幸「なるほど、分からん」

トキ「ふぅー、バカを相手するって大変ですねぇ」

幸「埋めるぞ、くそ野郎」

トキ「おやおや、怖い怖い。ただの冗談なんですから勘弁してくださいよ」

 

トキ「とはいえ、私の力はあまり強くはなくてですね。所詮はクロノス様の一つの駒に過ぎません。

   止められる時間も限られてる」

 

■トキ、手拍子

 

幸「お、おい! 待て、まだ話は……」

敬一郎「幸、俺は信じているからな」

幸「は? 何がだよ」

敬一郎「薬なんかに手を出してないって……」

幸「……やってないって言ってんだろ! だいたい今はそんな話してる暇はねー!」

トキ「幸さん、次は敬一郎さんのいないところで話をしましょう。そこでようやく私の務めを教えて差し上げます。時間を止めて今話しても良いのですが、こう何度もインターバルを置くのってお互い疲れますからねぇ」

幸「ふざけん……」

敬一郎「お前、また……! どこに向かって話してるんだよ、そこには何もいねーって!」

幸「だぁああ! めんどくせぇ! 薬はやってねーし、俺がおかしくなったわけじゃねーよ!

  敬一郎、お前ちょっと席外せ! お前がいるから話が進まねーんだよ!」

敬一郎「はぁ!? なんだよ、急に!」

幸「いいから! そういえば、もう巡回の時間だろ!? 行って来いよ!」

敬一郎「巡回って、お前今日は俺の担当じゃな……」

幸「今度代わる! 変わるから行ってこい!」

敬一郎「おい、幸!!」

 

■幸、敬一郎をはけさせる

 

トキ「おお、二度手間にならずに済みましたねぇ! これで、この交番には他に人はいませんよね」

幸「……そうだな。うちの交番、基本的に3人体制だからな」

トキ「おや、あともう1人は?」

幸「……さっきの爆発騒ぎのせいで後処理に回って署に行ってるんだよ」

トキ「なるほどなるほど! ラッキーでしたね」

幸「何がラッキーだ。だいたい、お前、いつどこで何が起こるか分かってんなら知ってただろ」

トキ「私が分かるのは時間だけですよ。いつなのかはわかっても、どこであるのかはわかりません。さっきの爆発も起こるってのは知ってましたけど、幸さんの側にいなければどこで起こってたかなんて皆目見当もつきませーん」

幸「いちいち癪に障る言い方だな」

トキ「さて、まぁ、とりあえず、これでようやく本題に入れるというわけですねぇ」

幸「……俺はまだお前を信用してないからな」

トキ「かまいませんよ。信用など、微塵も欲しくはありません!」

幸「…………」

トキ「あなたは選ばれた! 私はそのために仕事をしにあなたの前に来ただけ!」

幸「その、選ばれたってなんなんだよ。さっきから言ってるけど、選ぶって誰が選んだんだ? 意味わからないことに勝手に巻き込まれて俺は迷惑でしかないんだ」

トキ「クロノス様です」

幸「……」

トキ「クロノス様はお選びになられた。もっとも不幸で、もっとも絶望を味わう人間にも、つかの間の幸せを享受する権利を」

幸「なんだよ、それ。まるで俺のこの先どうなるのか分かったような口ぶりで……」

トキ「分かってますよ。私が視れる未来は特定の人間のほんの1年先までしか分かりませんが、クロノス様は全ての人間の時間を管理している方ですからね。なんだって知っておられる」

幸「じゃあ、なんだ。俺はそのクロノス様の見た未来で、とことん不幸になるってことか?」

トキ「そのとーり! いやぁ、担当するのでクロノス様からちょっとばかし聞きましたけど、悲惨も悲惨! 可哀想すぎて泣けますよ! 私ね、あんまり同情しない性質なんですけど、あなたの未来はちょっと同情してしまいましたねぇ!」

幸「これまでにないほどのとびっきりの笑顔で何言ってんだ、くそ野郎。嘘泣きをやめろ」

トキ「ましてや、あなたは過去にも悲惨な目に遭っている。ご両親が交通事故で亡くなってますよねぇ、よりにもよってまだ甘えた盛りな8歳の時に! その後は親戚の家をたらいまわし。中学生になってついに切れたあなたは家を飛び出した! ガラの悪い連中と絡んで好き放題やっていたけれど、所詮子供! 警官に補導されてやってた悪事がばれて少年院にお世話になる」

幸「……なんで、知ってんだよ」

トキ「未来はなかなか見えないんですけどねぇ。過去は時間をつかさどるものなら簡単に見えるんですぅ。だって、既に終わった時間ですからぁ」

幸「趣味悪いな。人の過去覗き見て楽しいのかよ」

トキ「ええ、楽しいですよ。私は順風満帆な人生よりも波乱のある人生を送る人の過去を見るほうが好きですねぇ」

幸「……お前、ダチいないだろ。いても相当歪んでるだろうな」

トキ「ええー? 私まだましですよー? だから、今回の仕事人に選ばれたんですから」

幸「……そろいもそろってサイコパス集団なのか」

トキ「少年院で、良い人に出会ったんですよねー。あなたの人生を180度変えちゃうような! ……でも、その彼だって、今はいない。10年前のあの事件は……」

幸「(今までで一番低い声で)黙れよ」

トキ「……おやおや、両親の事故よりも触れられたくない話でしたか。これは失敬」

幸「……もういい。あり得ねー話だけど、他の誰にも話したことのないことまで、お前は知ってる。これ以上は俺の事についてべらべら語るんじゃない」

トキ「はいはい、わかりましたよ。私もね、あなたに無視されると困るんですよ。お仕事が成り立たなくなりますから」

幸「それで? つかの間の幸せを享受する権利ってなんだよ」

トキ「……こちらをどうぞ」

 

■トキ、ポケットから懐中時計を取り出す。

 

幸「……なんだよ、これ」

トキ「時計です」

幸「それは見ればわかる」

トキ「その時計はクロノス様の特性です。単なる時計ではありません」

幸「はっ。もしかしてアレか? これを使えば漫画とかでよくあるような時間を戻したり、進めたりできるって言いたいのか?」

トキ「よくご存じで」

幸「……マジかよ」

トキ「お察し通り、その時計を用いれば時間を自由に操れます。当然、止めてしまえば先ほどのように時間を停止したりもできますよ。私みたいに少しの時間しか止められないというわけではありません。言いましたよね? クロノス様特性だって」

幸「…………これが? ただの時計にしか見えねーけど」

トキ「クロノス様の力を、借りることができる時計ですよ。……そう、それがあれば、これまでのつらい出来事もすべて、改竄できる」

幸「……何?」

トキ「過去を変えられると言っているんです」

幸「……!」

トキ「両親の死は、哀しかったですよね? 恩人のことも、救いたかったのでしょう。自分の人生、やり直したくはありません?」

幸「ふざけんな……過去は変えられない。お前、さっき過去は終わった時間だって言って」

トキ「クロノス様にとってなら、終わった時間じゃありません。『すべての時間は平等だ』。クロノス様の口癖です。その時計はクロノス様の力を共有しているんです。私が言いたいこと、いくらバカでもわかってもらえますよねぇ?」

幸「そんなことをして、ほんとにいいのか?」

トキ「ええ。だからこそ、私はここに来たんですから」

 

■美里、幕裏で待機。

 

美里「あー!! もう、嫌! なんであんな馬鹿な奴の相手をあたしがするのさ!

   長谷川! 木崎! どっちでもいいからあたしを慰めろ!」

幸「げっ! 帰ってきた!」

トキ「おやおやぁ、騒がしくなりそうですねぇ。まぁ、私の初めの仕事は時計を渡すこと。それがすんだ以上、もう用は有りません。頑張ってくださいね」

 

■トキ、退場。入れ替わる様に美里、登場。

 

美里「あー、もう疲れた。楽な交番勤務だけで済む一日が、あの爆発騒ぎでパーよ、パー!」

幸「お疲れ様っす。松井さん」

美里「ほーんと、お疲れ。長谷川、後の仕事宜しく~」

幸「は?」

美里「あたし、奥で休んでるからさー」

幸「いや、そういうわけにもいかないでしょ。松井さん、昨日も仕事残して帰ってるじゃないですか」

美里「爆発騒ぎがなければ今頃終わってたわい!」

幸「知らないっすよ! だから毎度毎度早く終わらせろって言ってるでしょ!」

美里「ううー……木崎はー? 木崎なら手伝ってくれるー……」

幸「今、巡回中です」

美里「て、いうか、長谷川ぁー! あんたも今日さぼってたでしょーが! 代わりに仕事しろー」

幸「え!? 何でバレて、じゃなくて……あんただって毎日さぼってるんだからお互い様だろ!」

美里「あー! 上司にため口聞いたー! はーい、減てーん! 罰として代わりに仕事するー!」

幸「なぁ!? あんた、勝手すぎるだろ!」

美里「上司命令が聞けないって? いい度胸してるじゃない、長谷川君!」

幸「職権乱用だ!」

美里「なんだとー!?」

 

■敬一郎、登場

敬一郎「……あの、何してるんすか」

美里「あっ! 木崎、あんたどこいってたのよ!?」

幸「敬一郎! おまえ、このバカ上司をどうにかしろ!!」

敬一郎「いや、ちょっと心配になって戻ってきただけでまだ巡回途中なんですけど。だいたい、幸は俺に巡回押し付けておきながら何やって」

美里「やっぱあんたもさぼりじゃないー!」

幸「はぁ!? ちがうから! あんたは押し付けようとしてるけど、俺はちゃんと後日代わるって言ってますー!」

美里「さぼりはさぼりじゃない! 自慢げに言うんじゃないわよ!」

幸「だから、俺は」

敬一郎「はい、ストップ」

美里「止めるんじゃないわよ、木崎!」

幸「そうだ、敬一郎。この人には一度言っておかねーと」

敬一郎「はいはい。仮にも警官が交番で喧嘩って市民への示しがつかないですよ。どっちもどっちなんでいい加減にしてくださいって」

美里「でも、長谷川には一度言い聞かせておく必要がぁ!」

 

■2人が口喧嘩する様子を敬一郎がなだめるようなマイム。

 

◇照明 F.O.

 

第2章 方法

 

トキ「もしもの話をするとしよう。

   もしも、目の前にたくさんのお金があったなら。

   もしも、他人と入れ替わることができたなら。

   もしも、過去を変えることができたなら――――……。

   君は、どんな行動を起こす?」

 

◇照明 幸をピンスポ

■幸、懐中時計を眺めている。

 

幸「……過去を変えることもできる、か……」

 

◇照明 地明かり

■百合、登場

 

百合「あのー、すみませーん」

幸「……っと、はい? 何か用っすか?」

百合「えっと、ちょっとストーカーの被害で困ってまして……」

幸「ストーカー?」

百合「前に付き合ってた彼氏なんですけど、別れたのに今でも付き合ってるんだって聞かなくて……」

幸「あーはいはい。そういう話ね。ちょっと待って、そういうのは女性同士でやるほうが良いでしょ」

百合「婦警さん、いらっしゃるんですか?」

幸「いるいる。すっげー頼りになるのがいるよ。松井さーん。あんたの出番ー」

 

■美里、幕裏で待機

 

美里「待って! 今めちゃくちゃいいところなのよ! ほんの5分だけ待って!」

幸「ちょっと、松井さん。あんたのちょっと待っては大体1時間でしょ。ストーカーの被害だってよ。相談相手が女性なんだからあんたに相手してもらわねーと」

美里「だから手が離せないって言ってんでしょ! 5分くらい他愛のない話でもしておいて!」

幸「……つーわけなんで、少し待っててもらえる?」

百合「はい、構いません。あ、あの、交番はいるの初めてなんでちょっといろいろ見ていていいですか?」

幸「あー、お好きにどうぞ。大したものないし」

 

■百合、うろうろする

 

幸「……(独り言をつぶやくように)あの格好、可愛い顔してるけどキャバ嬢か? まぁ、若そうだし、金に困ってたら仕方ないにせよ、ああいう清純そうな娘がねぇ」

 

■美里、登場

 

美里「娘ってねぇ、あの子見た感じじゃあんたとそんなに年齢変わんないわよ、絶対」

幸「うわっ!?」

美里「何よ、驚いた声上げちゃって」

幸「いや、どうせもっと遅いと思ってたから」

美里「善良な市民を待たせるほど、仕事しない警官じゃないわよ」

幸「普段、全然しないじゃないっすか」

美里「出来の悪い後輩のために、あえて仕事をまわしてやっているのよ。でもま、今回はあんたの言う通り女性だもの。あたしの出番」

幸「そうっすか」

美里「あー、お嬢さん。お待たせしちゃってごめんねー。ストーカーの被害って聞いたけど、話してもらえるかしら?」

百合「あ、は、はい!」

 

■美里、目くばせで幸にその場を立ち去る様に促す。幸ははける。

 

美里「ごめんねー。本当は奥で話を聞きたいんだけど、今奥散らかってて」

百合「いえ、大丈夫です」

美里「まずは名前教えてくれる? あとできれば職業とか、年齢とかも」

百合「はい。東雲百合(しののめゆり)です。年齢は21歳で、職業は……」

美里「……話せない?」

百合「いえ、キャバクラで働いています。あまり大声で言えるとは思っていないので、少々恥ずかしさもあって……」

美里「人にはいろいろ事情があるもの。気にしないわ。でも、納得。道理でそういう格好なのね」

百合「はい、この後も仕事があるので」

美里「それで? ストーカーに心当たりは?」

百合「はい。以前付き合ってた人です」

美里「あら、はっきりわかってるの?」

百合「……はい。彼から何度も脅迫めいた手紙がポストに……」

美里「なるほどねぇ、別れた後もしつこくって感じかー」

百合「もう、何度も別れたいって言ってるのに……」

美里「嫌な男に当たったわね。まぁ、当たったものは仕方ない。これ以上被害が起きないように対策を立てるまでよ」

百合「でも、その人今は無職なんでいっつも近くにいるんです。今日だって、何とか振り切ってきたと思うんですけど、どこかで見てるって気がして仕様がなくて……」

美里「ふんふん、相手は無職ね。手ごわいわね。無職な分、失うものも少ないだろうし無茶しやすくなるもの」

百合「……この間、物が無くなってたんです。家に入られたのかと思うと、私、怖くて……!」

美里「不法侵入までやっている……と。付き合ってる当時は家いれたことあるの?」

百合「はい、何度か。でも、合い鍵は渡していません」

美里「侵入された後、引っ越しとかはした?」

百合「もう何度もしています。そのたびに追いかけてくるんです」

美里「筋金入りねー」

百合「婦警さん、私……本当に怖くて……」

美里「ああ、泣かない泣かない! 気を強く持ちなさい」

百合「でも、ストーカー被害じゃ警察は動いてくれないんですよね?」

美里「まぁ、基本的にはね。証拠がないと動かないことが多いけどさ」

百合「お願いします! 本当に、怖いんです! 最近では彼の目が血走っているのがわかるし……!」

美里「同じ女としてストーカーは許せない。だから、監視をつけてあげる。幸い、うちには力の有り余ってるバカがいることだし」

百合「……先ほどの方ですか?」

美里「そ。しばらくそいつを足代わりにすればいいわよ」

百合「……えっと、それは問題があるのでは?」

美里「問題ない、問題ない。代わりにちゃんと広めといてよね。動いてくれる警察もいるんだって」

百合「はい……!」

 

美里「というわけで、長谷川!」

 

■幸、登場

 

幸「なんすか」

美里「彼女の護衛、宜しく」

幸「…………はぁ!?」

 

美里「あんた、さぼりの常習犯じゃない? よかったわねー、百合ちゃん。ちょっと口悪いけど、悪い奴ではないし、腕も確かだから安心していいわよー」

幸「いや、俺全然話つかめてないんですけど」

美里「あ、彼女の護衛兼周辺パトロール、宜しく」

幸「いや、そうじゃなくて。こういうストーカー被害って証拠が揃うまでやってもパトロールの強化ぐらいで護衛なんて」

美里「まったく、これだから男は! いいからやれ! 男のあんたにはわかんないわよ!」

百合「あ、あの、申し訳ございませんが、お願いします!!」

美里「ほら、こーんな可愛い子が必死に頼んでんのよー? まさかそれでもやらないっていうわけ?」

幸「……う……、わ、かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば……」

美里「よく言った! 流石長谷川君。いい部下を持ったわぁ」

百合「ありがとうございます」

 

■ストーカー男(以下、男)が飛び込んでくる

 

男「ゆ、ゆゆ、百合ちゃん! ひどい、ひどいよぉ! 僕はこんなに愛してるのに、警察になんか頼って……! だ、だ、だ、だいたい、警察なんて役に立たないの常套句なのに、なんで今回に限って、今回に限って!!」

百合「ひっ!!」

美里「え、ちょっと、釣れたんだけど」

男「じゃ、邪魔されてたまるもんか! ゆ、ゆ、百合ちゃんと僕は、し、しあ、幸せになるんだぁあ!!」

 

■男は百合に突進する

 

美里「長谷川君!!」

幸「ったく、何なんだよ……さっきから!」

 

■幸、男を羽交い絞めにする。

 

幸「はいはい、おっさん。いい年してストーカーとかかっこ悪いぜー」

男「黙れ! 百合ちゃんは、百合ちゃんは、僕の、僕のものなんだ! た、たまたま、たまたま会社首になっただけで……」

幸「あのなぁ、人はモノじゃねーぞ」

男「う、うるさい!!」

 

■羽交い絞めにされた状態で男は鳩尾に肘鉄をくらわす

 

幸「いっ……!?」

 

男「僕のものに、僕のものにぃ、ならないならぁ!!!」

■油断した幸から男が抜け出し、ナイフを取り出して百合に突進する

 

美里「危ない…!」

百合「きゃっ……!」

 

■美里、百合をかばうように前に出る。ナイフで切り付けられ、倒れる

 

幸「松井さん! てめぇ!」

 

■幸、男を取り押さえる。

 敬一郎、登場

 

敬一郎「巡回終わりましたー、報告書を……って、なんだよこれ!?」

幸「敬一郎! とりあえず救急車を呼べ! それから、署に連絡!」

敬一郎「あ、ああ! 分かった!」

幸「松井さん! 平気っすか!?」

美里「…………」

幸「なぁ、あんた! 松井さんの傷どうなってる!?」

百合「……あ、お、お腹から、血が……!」

男「ぼ、僕のぉ、僕の、邪魔した、ば、ばばつ……なんだよぉ!」

幸「うっせーくそ野郎! 敬一郎! 電話した後、松井さんの手当て!」

敬一郎「分かってる! 救急車はもう来る!」

美里「……きさ、き君。は、せが、わ君……、あた、しのこと、はいいか……ら、先に……その、男……ちゃんと、捕らえ……」

木崎「分かってます! 幸! 手錠かけろ!」

幸「押さえつけるのやめたらまた抜け出しそうなんだよ! 敬一郎、お前がかけてくれ!」

 

■敬一郎、手錠をとりだして男を拘束する。

 

男「くそ、くそ! くそぉおお!!!」

 

SE:救急車の音

 

敬一郎「来た……! 美里さん、平気ですか!?」

美里「……へい、きよ……こ、の、程度……」

幸「おいあんた。悪いけど、事情が事情だからな。この後も付き合ってもらうからな」

百合「……は、はい」

 

◇照明 F.O.

 

トキ「もしもの話をするとしよう。

   もしも、目の前で人が刺されたなら。

   もしも、その人が亡くなってしまったなら。

   もしも、彼女を救う道があるのなら――――……。

   君は、どんな行動を起こす?」

 

◇照明 地明かり

 

幸「……亡くなった……?」

敬一郎「……思いのほか腹部の外傷が激しく、内臓を突き破っていたらしい。……致命傷だった」

幸「嘘だろ……? 運ばれて行ったときはまだ意識もしっかりしていたし、何より無理にナイフを抜かなかったから出血したとはいえ大量出血には」

敬一郎「刺された箇所が悪かった。……肝臓がやられてたらしい」

幸「そんな……」

敬一郎「……無念だ」

 

■30秒くらいの沈黙

 

敬一郎「……わりぃ。俺、ちょっと頭冷やしてくる」

幸「……敬一郎、俺。松井さんは面倒くさい人だけど、いい警察官だったと思ってる」

敬一郎「……俺は、美里巡査部長に憧れてたよ。あの人、この町でずっと交番勤めしてたんだ……。すっげーいい人で、すっげー親身になってくれる、優しい、人……だったんだよ……クソっ!!」

 

■敬一郎がはける

 

幸「……なんでなんだよ……なんで……」

 

■トキ、登場

 

トキ「さっそく絶望してますねぇ。どうして使わないんですか?」

幸「……うわっ!? と、突然現れるんじゃねぇ!」

トキ「いやね、せっかく時計を渡したのに、あなた全然使ってくれないじゃないですか」

幸「一昨日もらったばっかりだろうが!」

トキ「えー、普通貰ったらすぐにでも使いません? 変えたい過去たくさんあったはずでしょう?」

幸「信じられるわけないだろ! だいたい、こんな気味悪いの使おうって気になるほうが」

トキ「幸さん、バタフライエフェクトって知ってます?」

幸「……なんだよ、突然」

トキ「この世の真理とでもいうべきでしょうか。世の中は、とっても些細な出来事で変わるもんなんですよ」

幸「だから、お前の話なんか今は聞きたくは……」

トキ「松井美里を救いたいなら、次は東雲百合が来る前に、奥の部屋を片づけておくといいですよ。もっとも、それで成功するかはわかんないですけどねぇ」

幸「なんだよそれ。もっとわかりやすく話をしろ」

トキ「まったくバカを相手するって面倒ですねぇ!」

幸「うっせー!」

トキ「……松井美里が死んだのは、ナイーブなストーカーの被害話を公衆の場で話していたことにあります。当然ですよね、交番って庶民の駆け込み寺みたいなもんです。誰でも入ってこれるように入口は開けっ放し。そのうえ中にいる人間がよく見えるようにガラスの扉か窓が設置されている! ストーカーにとったら東雲百合が交番に入っただけでも恐ろしいのに、その東雲百合が安心したようなそぶりを見せたらどう思いますかねぇ。いや、あのストーカーは話の内容までしっかりと把握してたみたいですし? もしかしたら東雲百合に盗聴器だって仕掛けてるかもしれません。あ、その場合、奥の部屋を片付けるだけじゃ無駄かもしれませんね!」

幸「…………まじ、かよ」

トキ「松井美里を救う確率をあげたいのであれば、東雲百合へのストーカー行為が起きる原因を突き止めるの一番かも、しれませんね? 事前にストーカーがあの交番にやってくるのを防ぐのが一番でしょう」

幸「…………いい加減にしろよ。そんなこと言ったってもう遅い」

トキ「…………」

幸「松井さんはもう死んだんだ……! そんなことができるわけ……」

トキ「できますよぉ、その時計があ・れ・ば」

幸「…………」

トキ「美里さんが死んで、敬一郎さんがとても悲しんでいましたねぇ。知ってました? 敬一郎さんはあこがれだったって言ってますけど、美里さんの事を好きだったんです。だから、あの人の我儘を嫌な顔せず引き受けていた」

幸「知ってるさ。敬一郎は分かりやすかったから、すげーバレバレで……。松井さんも鈍感ってわけじゃなかったから、まんざらでもない様子で……」

トキ「美里さんを救えば敬一郎さんも救えますよ? いつも迷惑をかけている親友に、恩返し……したくないですか?」

幸「…………」

トキ「いいんですよ、信じなくても。でも、試してみる価値はあるでしょう?」

幸「………………」

トキ「何もしない人生ほど、つまらないものはない、ですねぇ」

幸「………………」

トキ「使い方だけでも聞いときません? 聞くだけですよ、損はないでしょう?」

幸「……聞くだけ、だからな」

トキ「ええ、構えいませんよ。それでは幸さん。懐中時計を取り出してください」

幸「……ほらよ」

トキ「ちょ、あんまりぞんざいに扱わないでくださいよ! クロノス様お手製とはいえ壊れることもありますから」

幸「それで、どうやって使うんだよ」

トキ「急かせますねぇ。本当は興味がおありなんですね?」

幸「煩い。早くしろ」

トキ「まったく人使いが荒い」

幸「人じゃないだろ」

トキ「ごもっとも。神使いが荒い、ですねぇ。では、懐中時計を開いてください」

 

トキ「その懐中時計は螺子式をまわすことで時間を調整することが可能です。普段腕時計で行っている動作と同じなので、誰でも簡単にいじることができますが、実際に時間を動かせる人間は幸さんだけに限られております。他の方がいじったところで時間まで操ることはできませんので安心してくださいね。螺子式を右に回せば未来へ、反対に回せば過去へ時間を動かしてくれます。時を止めたい場合はつまみをあげてください。腕時計の針を変える動作と遜色ありません」

幸「……他には?」

トキ「使用上の注意点ですが、決して落としたりして壊すことがないように。スペアはございませんので、取り返しのつかない可能性だってありますから」

幸「……それだけか?」

トキ「ええ。あなたに伝えるべきことは」

幸「…………伝えたらだめなことがあるのか」

トキ「当然ですよぉ! 私だって仕事をしているんですから。あなたは客ですけど、上司の命令にも逆らえませんからねぇ」

幸「……そうか」

トキ「あ、そうそう。東雲百合さんがストーカー被害を受けるようになるのは、2か月前です。2017年10月21日午後23時にクラブランジェリーに行ってみてください。ああ、懐中時計を結構回さないといけないですよね。さぼり常習犯の幸さんにしてみれば正直なところ面倒くさい。なんで映画とかであるようなデジタル式じゃないんだよ、そう思いますよねぇ?」

幸「……そうだな」

トキ「はい。そういわれると分かっていたので、クロノス様がご用意してくださってますよ。とっても便利なアプリケーション。幸さんの携帯には既に私がアプリをダウンロードしておきましたのでご安心ください」

幸「……急に現代的なものになったな……って、いや、何勝手に人の携帯いじってんだ!?」

トキ「まぁまぁ。私もね、わざわざ懐中時計なんて、ふっるいもの使いたくないんですけど、うちの上司頑固者でして。古き良き時計を用いるほうが味があっていいじゃん! と、いうことです」

幸「どうでもいいわ!! 本当にお前いったい、いつ……」

トキ「いつだっていいじゃないですか。ちょっと時間があればいつでもできますよ、その程度。それでね、幸さん。月単位、年単位で変えたい場合は付属のアプリをご使用ください。簡単ですよ! 行きたい時間を入力すれば済む話なんですから! あ、でも、日単位で変更する場合は大変なんです。いちいち回さないといけないで。頑張ってくださいね! 以上!」

 

■トキ、逃げるように退場

 

幸「あっ!? おい! 待て! ……どうしろって、言うんだよ」

 

◇照明 F.O.

 

第3章 時間旅行

 

※時系列がかなりごっちゃになる章。ここの時間経過を舞台上でいかにして演出するか…。

 

トキ「変えたい過去、きっとそれは誰にだって存在する。

   あの時、ああしていたのなら……。

   どれほど後悔したって、終わった時間は戻らない……」

 

◇照明 C.I.

 

■敬一郎と美里、登場しておく。幸、この間に衣装チェンジ。

 

敬一郎「美里巡査部長、お酒は控えてくださいよ。もしもの時に動けなかったら拙いでしょう?」

美里「平気平気~、あんたら2人がいればあたしはなーんにもしなくて平気だもーん」

敬一郎「もーん、じゃなくてですねぇ……だいたい、幸は外回りに行って今は俺1人ですから、美里巡査部長にも仕事してもらわなければ困るんですって」

美里「えー、もう夜よー? もう、疲れてるのー」

敬一郎「あんた、今日の宿直ですよね……?」

 

敬一郎「ところで、さっきの幸、なんか変じゃなかったですか?」

美里「えー? 変って、あいつはいつもぼーっとしてるじゃない。相変わらず怠け者だわー」

敬一郎「いや、まぁ……確かにそうなんですけど、今日のは種類が違うっていうか。さっき、美里さんを見て、何か言いかけてた感じがするんですけど」

美里「…………」

敬一郎「あ、いや……俺の勘違いかもしれないですよね」

美里「……そうねぇ。長谷川君、私の顔見て泣きそうな顔してたわ」

敬一郎「……え」

美里「何があったのかは知らないけど、直ぐに元に戻ったわけだし踏み込んでやるのも悪いと思ったから何も言わなかったのよ。でも、それを変だっていうのなら、変だったかもしれないわね」

敬一郎「やっぱ気づいてるんじゃないですか! ……あいつ、何か悩みでもあるんですかね。今日も急に見回りに行くって……しかも1人で」

美里「安定のさぼりかしら?」

敬一郎「今回は違うと思います。あいつ分かりやすいから。気づいてました? あいつがさぼりに行くときは、いつも緊張してるんですよ? 言い訳がうまく言えるように練習してたり。あいつ根っからの小心者だから」

美里「ふふ、そうよねぇ。変に悪ぶりたいだけのバカだもんね。でも、内心どこか遠慮してるのが笑えるのよねぇ」

敬一郎「はは、盗んだバイクで走りだしたい年頃は、もうとっくに終わってるはずなんですけどね」

美里「……そうね。中身が成熟する前に大人になってしまった子供みたい。ま、でも、長谷川君はここぞというときはちゃんとするから。そんなに心配する必要ないわよ」

敬一郎「……信頼してるんすね」

美里「ええ。あたしの部下は、二人とも警察官の名に恥じない、立派な部下ですから。……さて、あたしたちも無駄口叩いてないで仕事の続きするわよ。木崎君、あっちの棚にある資料とってほしいんだけど」

敬一郎「え? どこっすか」

美里「ほら、だからあの棚の上の……」

 

■美里と敬一郎はける

 

◇照明 (場面転換)

 

■幸、登場

 

幸「…………なんとなく来てしまったが、どうするか決めてなかったな……」

 

■幕裏から声。幸、声に反応して何かマイム。

 

百合「……もー、康介さんったら、飲みすぎですよー?」

男「今日は飲まないとやっていられなかったんだ……ゆ、百合ちゃん、君にも言わなくちゃいけないことがあってね……」

百合「えー? 何ですか? 言いたいことってー」

男「……こ、ここじゃ、言えない。お店の、前だから……」

百合「わかりましたー、じゃあ、裏に移動しましょう?」

男「……う、うん」

 

幸「……げ、やば! こっち来た」

 

■幸、隠れる。百合とストーカーの男登場

 

百合「それで、話したいことって何ですか?」

男「……実は、――――になった」

百合「え?」

男「会社を、首になったんだ……」

百合「会社を、首に……?」

男「そ、そうなんだ、百合ちゃん。実は横領していたのが、部下にバレてしまって……」

百合「お、横領……!?」

男「し、仕方ないじゃないか! ゆ、百合ちゃんのためだったんだよぉ! 百合ちゃんは借金があるから仕方なくキャバクラで働いていただろ……? 君と恋人になって、僕が借金を肩代わりしてあげるって言ったのに、君が自分で稼いだお金で店をやめたいっていうから君の下に通って少しでも借金の足しにしてあげようって……! でも、百合ちゃんの借金を甘く見てたんだ……! もう、3年も経ったのに、いくらドンペリを入れても百合ちゃんはお店をやめられない……! ぼ、僕の貯金も底をつき始めて」

百合「…………」

男「で、でも、大丈夫! 百合ちゃんは僕を愛してくれてるよね!? 君の借金は一緒に返してく。一緒ならきっとやっていけるはずだ!」

百合「きっも」

男「……え?」

百合「あーあ。有力大手企業のエリート社員。30代で開発次長を任されて、40代半ばからは部長に昇進。出世街道間違いなしの安牌が、こーんなつぶれ方するなんて」

男「ゆ、百合ちゃ……」

百合「あたし、金持ってない人に優しくないんですよねー」

男「そ、んな……」

百合「康介さん、羽振り良かったからいいカモだったのになぁ。横領してたなんて信じらんなーい。ああ、でも、一時期来なくなった時期在りましたっけ? あの時からですか? お金がそこ尽きてたのって」

男「ぼ、僕は君の、君のために」

百合「ていうか、横領って犯罪ですよね? 共犯って思われたくないんで金輪際近づかないでくれます?」

男「で、も、僕は君のために……! こ、恋人だよね? 百合ちゃんは、僕を叱責することで元気づけようと」

百合「だから、きもいってば! 恋人って本気で思ってんの? あんたがいい金づるだから優しくしてやっただけだっての! 少し『かっこいいー』『すごいですねー』とか言ってやれば喜ぶから言ってやってただけ。仕事の一環、お世辞だと思わないの? だいたい、康介さん妻子持ちですよねぇ? 奥さんと関係が良くないからって慰みにキャバ嬢と付き合うような……そんな奴、好きになるわけないでしょ」

男「そ、んな……僕は君に、すべてを……」

百合「とか言ってさ、横領がばれなかったらこの関係続ける気だったんでしょ? 自分の世間体を気にしてましたもんねー。妻と離婚したら周りから変に思われるとか言ってさ。体よく自尊心満たしてくれる相手に私を選んでただけじゃない」

男「……仕事も、お金も、……君に……」

百合「私、いつも言ってましたよね? 『無理は、しないでくださいね』って。それなのに勝手にあなたがしてたんでしょ? あなたも言ってたじゃない。『君に尽くすのは、僕の勝手だから気にしないで』って」

男「……ぼ、ぼくは……」

百合「それじゃ、失礼しまーす。今からアフターだったけど、お金ないってことはお支払いできないってことですよね? お金用意してくれるのならお付き合いしてあげますけど、金にもならないことに時間を費やしてあげるほど暇じゃないんで」

男「う、うわぁああ!!!」

 

■男、百合に襲い掛かる。

 

百合「ちょ、っと!? 何すんのよ!!」

男「僕は、君に! どれだけ金をかけてやったと……!!」

百合「うっざ!! きっも!! 離し……」

 

幸「あー、いろいろ言いたいことはあるが……」

 

■隠れていた幸が出てくる。

 

幸「とりあえず、いったん落ち着けって」

 

■幸、男を取り押さえる。

 

幸「……これ以上騒げば通報されるぞ。ていうか、捕まえる。今は制服着てねーけど、俺このあたりの交番に勤務してる警察官なんだよ」

男「……警察……!? 嘘つけ! 警察が何でこんなところに!」

幸「じゃあ、これを見せれば納得するよな?」

 

■幸、警察手帳を見せる。

 

男「う、うそだろ……こんな奴が……!」

幸「抵抗しないほうが良い。今ここにいるってことは、横領したことに関して結論は出てるんだろ? 首になっただけで済んでよかったじゃねーか。起訴されていれば普通に刑事裁判だぜ?」

男「黙れ!! 関係ないやつが口を出すなよ!!」

幸「じゃあ、今度は公務執行妨害でひっとらえてやろうか?」

男「……ひっ!」

幸「まぁ、さっきの会話からして今回はあんたも騙されたみたいだが……」

男「……そうだ、僕はこの女に……この女のせいで……!」

百合「な、何よ! 私はあんたの希望を金で買ってあげただけじゃない! 恋人にもなってあげた。騙す気なんてなかったわよ!」

男「君は、僕の純情を踏みにじったんだぁあ!!」

百合「何が純情よ! 浮気相手を求めてただけのくせして!! だから、私も金を貰う代わりに慰めてあげただけ!」

幸「あーはいはい! もういい!」

 

■幸、男に手錠をかける。男、観念する。

 

幸「あんたの身柄は拘束する。現行犯でな」

男「……なんで、僕ばっかり……その女だって……」

幸「そっちはまだ別日に事情を聞く。もしも詐欺罪が通れば一緒に刑務所行きだ。よかったな」

百合「よくないわよ! 大体、だましてなんかないわ!」

幸「……どっちでもいいんだよ。こうしておけば、兎に角にもあんな悲劇は繰り返されない」

百合「……はぁ?」

幸「てか、あんた。純情そうな顔してかなり性格悪かったんだな。あの時も、歪んだ愛情から刺しに来たのかと思ってたが、実際は男を棄てた怨恨か」

百合「何言ってんのよ、あなた」

男「その女さえいなければ……殺してやる……殺してやるぅ……」

幸「殺人予告か? やめとけよ、人を殺してもいいことなんか一つもねーんだ」

 

■幸、ポケットから携帯を取り出す。

 

幸「ああ、敬一郎? ちょっと頼みがあるんだけど。松井さんも連れてきて。ん? 交番に人がいなくなる? 少しぐらいいいだろ、別に」

 

■携帯を切る。

 

幸「これからあんたは交番へ。そっちは婦警に任せるからその人と話してくれ」

 

SE:車の音

 

幸「ああ、早いな」

 

■敬一郎・美里、登場

 

敬一郎「お前、何やってんだよ……」

美里「事情詳しく話さないで呼び出すなんて……よっぽど緊急だったの?」

幸「敬一郎、この男拘留場に入れといて。で、松井さんはこっちの女を保護して」

敬一郎「……あ? ああ、それはいいんだが。お前は何するんだよ」

幸「……いや、ちょっと確認が残ってるから後からそっちに行く」

 

■幸以外、はける

 

■トキ、幕裏から話す

 

幸「……時間屋、これで松井さんは助かるんだよな?」

トキ「いやぁ、実に愉快でしたね! 特にあのキャバ嬢さん。人は見かけによらないってマジなんだって思いましたよ、思いましたとも! 可愛い顔してえげつない。借金だって多分嘘ですよねぇ! 詐欺罪でひっとらえるべきなんじゃないですか?」

幸「今重要なのはそこじゃない」

トキ「……おや、つまらない。過去を覗き見るってなかなかできない体験なのに。ましてや、あなたは干渉だってできるのに!」

幸「答えろよ。これで松井さんは救われたんだよな?」

トキ「確認してみればいいじゃないですか? 元の時間に戻せばいいんですよ」

幸「……そうか」

トキ「……でも、幸さん。もとに戻すだけでいいんですか? もっと他の使い方もすればいいのに」

幸「……は? もともと今回だけ使ってやることにしたんだよ。お前みたいな胡散臭い神の使いって名乗る奴の話、乗ってやっただけでもありがたく想えよ」

トキ「……ほんとにつまらない人なんですね……」

 

■時間が動く演出(何かしたい:未定)

 その時に、トキが時間をいじっている要素を入れたい。

 幸が中央に、百合がその付近で待機。場所は警察署、ただし幸の衣裳は私服。

 

◇照明 F.I.

 

幸「……戻って、来たんだよな」

百合「わっ!」

幸「うわっ!? なっ……なんだよ!? って、げぇ!?」

 

■百合、幸を叩く

 

百合「げぇ、って何よ!」

幸「いっ!! 何すんだてめー!」

百合「それが恋人に対する態度!? さいってい!」

幸「恋人!? 誰と、誰が!?」

百合「私と、あんたが!」

幸「嘘言うなよ、お前みたいな悪女を誰が好きに!」

百合「はぁ!? プロポーズまでしておいて何言ってんのよ!!」

 

■百合、再度幸を叩く

 

幸「ぐっ……! あり得ない! なんで、俺がこんな奴と!」

百合「ちょっと、本当に忘れてるの……? あんたがくれたんだからね……? この指輪も……」

幸「いや、でも、俺は……」

百合「猫かぶってるの、もうやめにするって……お金が関係しない恋愛をちゃんとするって……」

 

■百合、泣き出す

 

幸「わ、悪かったって、でも本当に」

百合「うっそー」

幸「…………」

百合「驚いた? 相変わらずお人よしだよねぇ」

幸「……お前、やっぱ変わってねーじゃねーか! 悪女だ、生粋の悪女だろ!!」

百合「あーら。それでも仕方ないから嫁にしてくれるんでしょ?」

幸「誰が言ったんだよ、そんなこと!」

百合「あんたに決まってんでしょ!」

 

■百合、再度叩く

 

幸「俺があんたみたいな暴力女、嫁にすると思ってんのか!?」

百合「するって言ったくせに! するって言ったくせに!」

幸「二度もいうな!」

百合「……ほんとにどうしちゃったの? あなたはバカだけど、嘘は吐くような人じゃないって思ってたのに……」

 

■百合、手をあげようとして、それをやめて走り去る。

 

幸「……いったい、何が起こって……?」

 

■トキ、登場

 

トキ「いやぁ、面白いことがあるもんですねぇ! 幸さんのお嫁さんがあの東雲百合さんとは!」

幸「お、お前! おい、何でこんなことになってんだよ!」

トキ「え? 幸さんが設定をミスしたんじゃないですかー(棒読み)」

幸「俺はちゃんと2か月後に設定した! 可笑しいに決まってんだろ!」

トキ「誤作動ですかね?」

幸「お前だろ。お前以外にない。何しやがった」

トキ「まぁ、ちょーっとだけ時間を止めて、その隙に幸さんの手を少々拝借いたしましてね」

幸「ふっざけんなよ!」

トキ「すこーし、先の未来に時間を進めただけですってば。そうそう! 喜んでください。ちゃーんと松井美里さんは生きてますよ!」

幸「……え?」

トキ「今は2020年の12月22日。彼女が無くなるのは2017年の12月22日。でも、その日は2か月前のあなたの行動で結末が変わっている」

 

■足音につづいて、美里登場

 

美里「ちょっと、長谷川君! あんた、自分の彼女泣かせるってどういう了見だ!」

幸「うわっ!?」

美里「あんた、あの時支えてくれた百合ちゃんに対して……」

幸「ま、マジで生きてる……!」

美里「ちょっと、あっていきなり失礼ね! 死んでてほしかったの!?」

幸「いや、ち、違いますって!!」

美里「まったく世話が焼けるわね……ほら、早く迎えに行ってあげなさいよ」

幸「……いや、……でも」

美里「……確かにね、事件を持ち込んだのは百合ちゃんだけど。あんたを救ってくれたのもあの子なのよ」

幸「……え?」

美里「ほら、行きな」

幸「松井さん、俺を救ったっていったい」

美里「…………ほら、行った行った!」

 

■美里は無理やり幸を追い出す。

 トキ、登場。

 

トキ「うんうん。松井美里は、彼の思い描いた通り。健やかに今も生きている。加えて、彼は可愛らしい恋人さえ手に入れた! とっても幸せに違いませんねぇ。でも、何か……誰かが足りてないような?(少し間をおいて)……ああ、なるほどなるほど。ほんとに未来は如何様にでも転がるらしい」

 

■帰ってきた百合が飛び込んでくる。

 

百合「美里さん! やっぱり幸がおかしい!」

美里「え? まぁ、なんか変ではあるけど」

百合「でも、敬一郎さんはもう亡くなってるのに、どこにいるんだって!」

美里「……長谷川君がそんなこと言ったの?」

百合「……そうなんです、何でどうして……ようやく立ち直ったと思ってたのに。敬一郎さんがまるで今も生きているみたいに話して……」

美里「……」

百合「敬一郎さんは、亡くなりました……。私のせいで、……亡くなったのに……」

 

■美里に抱きしめられる百合。幸が登場。

 

幸「……今、なんて言った?」

百合「……あ……」

幸「なんで、松井さんが生きてるのに、敬一郎が……?」

百合「あの、幸……」

幸「なんなんだよ。なんで、そんなことになってんだよ……!」

美里「長谷川君、もう3年も前の事よ。確かにそれがトラウマであなたは警官をやめたけど」

幸「なんで、ふざけんなよ……」

 

■幸、トキに気が付く。トキにつかみかかる。

 

幸「お前、未来は変わるって言ったよな! 松井さんが死ぬ未来は確かに変わった! でも、なんだよこれ……! 何で敬一郎が!」

百合「幸! 誰に向かって話してるの……!?」 

幸「救えるんじゃないのかよ! だから俺は試してやった! それなのに、なんで、なんで……!」

美里「長谷川君! あなた何を言ってるの!?」

幸「答えろよ、答えろ! 時間屋!!」

 

■トキ、手拍子

 

トキ「……冷静さを失っていますねぇ、幸さん。お2人が困ってますよぉ?」

幸「煩い! 説明しろ! どうして敬一郎が」

トキ「だから、何度も言ってるでしょう? 世の中は、とっても些細の事で変わるですよ」

幸「だからなんで!」

トキ「……あなたの望み通り、松井美里は助かった。でも、残念ながら変わった未来では別の人間が犠牲になってしまった……ただ、それだけですよ」

幸「……そんな……」

トキ「……悲しいですか? そうですよねぇ。木崎敬一郎さんは、あなたにとっての親友でしたもんねぇ。……でも、幸さん。あなたには助ける手段がありますよ、ねぇ?」

幸「……もういい。どうせ、また別の人間が死ぬんだろ」

トキ「……時間、動かさないんですか? 本当にあなたはつまらない人ですね」

幸「…………」

トキ「……そうですね。今回だけは特別に教えて差し上げましょう。あなたは大事な、大事な選定者です。あの、クロノス様がお選びになられた、特別な……お客様なんですよ。クロノス様はおっしゃられた。『もっとも不幸で、もっとも絶望を味わう人間にも、つかの間の幸せを享受する権利を』。なのに、つかの間の幸せさえ享受できないなんてコンサルタントとして問題発生ですもんね!」

幸「……」

トキ「幸さん、あなたの運命が最も大きく変わったのは、もちろん『彼』が亡くなったあの事件。2007年の……それはまだ、残暑が厳しい9月中旬。それこそまさに、運命の決定」

 

◇照明 C.O.

 

第4章 過去回想

 

橘「……おいおい、クソガキ。お前また喧嘩してたのか? 元気なのはいいが、度が過ぎるのはやめておけよ」

幸「うっせーよ。親でもないやつが説教してんじゃねーよ」

橘「少年院にぶち込まれて、せっかく出てきたってのに、死んだような生き方してるバカを引き取ったの誰だと思ってるんだ」

幸「頼んでねーし」

橘「……とか言いながら嬉しいくせになぁ。ま、ガキ一人くらい頼まれなくても面倒見るってのが粋な男だろうがよ」

 

◇照明 F.I.

■幸、舞台中央で寝っ転がっている。

 

幸「……ここ……」

 

■幸、むくりと起き上がり、周囲を見渡す。

 

幸「……俺、ここで何してたんだっけ?」

橘「おい、幸。お前今日も居眠りか? ちったー俺の仕事、手伝えよなぁ」

幸「……うわぁ!?」

橘「うおあ!? なんだ、変な声上げんじゃねぇ! こっちも思わず奇声発しちまったじゃねーか!」

幸「な、ななな、なんで、あんたが……!」

橘「は? お前頭沸いてんのか?」

幸「わいてねーよ! ていうか、そうか、これは……! 時間屋! お前、勝手なことしまくってんじゃねーか! 何が干渉できないだ! 好き勝手して楽しいのか!? くそ野郎!!」

橘「……何言ってんだ、お前?」

幸「煩い、もう俺はいやなんだよ! 意味ねーんだよ! どうせ、救えるはずもねーもんを」

橘「おーい? ゆーき? お前、何一人で熱くなってんだー?」

幸「戻せよ……戻せよ!! 早く!!」

橘「おいこら、幸!」

 

■橘、幸の頬を軽く叩く

 

幸「……いってぇ……」

橘「大人しく寝てたと思えば、いきなりパニックになりやがって……忙しいやつだな。お前は」

幸「……なんであんたが生きてんだよ……」

橘「ああ? 確かに余計なものに首ツッコんで、かなりやばい橋渡ってるが、まだ死んじゃいねーから生きてんだろ」

幸「……ちげーよ。あんたは死んでんだよ、とっくに。俺の中では」

橘「おいおい、勝手に殺すなよな。悲しいだろ」

幸「……事実述べてるだけだ、バカヤロー」

橘「あー? お前な、そういう冗談は嘘でもいうもんじゃ……」

 

■幸、声を殺すように泣き始める。

 

幸「……くっ……っ……」

橘「……おう、まぁ、いい。おっさんは超元気ですよー、生きてるから心配すんな」

幸「理由、聞かないのかよ。変だろ、急に……」

橘「聞けばお前、素直に話してくれるのかよ」

幸「……嫌だ」

橘「だろうな。お前はそういう奴だ。根っからの天の邪鬼に素直さなんざ、はなから期待してない」

 

■座っている幸の側にどかっと乱暴に橘が据わる。

 

橘「でもま、今日のお前は何か違うのか?」

幸「……はぁ? 何を根拠に」

橘「いや、いつもならそばに近づいただけで噛みついてくるだろ。優秀エリート刑事であるこの俺が、出世街道まっしぐらのキャリア組であるこの俺が! いうんだから間違いねえ。根拠はそれだけだな」

幸「……相変わらず自己評価高すぎるだろ」

橘「こういうのは低いよりも高いほうが良いに決まってんだろ」

幸「……暑苦しいだけじゃねーか」

橘「まぁ、うっとおしいかもしれねーな」

幸「笑うな、バカにされてる感じがする」

橘「バカにしてるからなー」

幸「おい!」

橘「冗談だ」

 

■しばらく無言

 

橘「……あのな」

幸「…………」

橘「悩みがあるなら、ちゃんと相談しろよ」

幸「……ねーし」

橘「……嘘つけ。悩んでます―って顔に書いてんぞ」

幸「ないって言ってんだろ」

橘「はぁ、多少は大人になったと思ったんだが、やっぱり根本は変わんねーか。俺の助言なんて聞く耳を持たんらしい。人の説教をまともに聞けるだけの辛抱が足りねーからか。軟弱もんだなぁ」

幸「はぁ!? バカにしてんのか! 話聞いとくぐらいできるからな!」

橘「はいはい。悪い悪い。自分の悩みも言えないような臆病もんだったな」

幸「いえるからな! 勝手に決めんじゃねーよ!」

橘「ほーう、言ったな? なら、教えてもらおうか」

幸「……あ! ひ、ひっかけやがって……」

橘「ほら、言えよ。悩みなんてもんはな、誰かに話して楽になっちまえ。一人で抱えたってつらいだけだ。……人間はな、一人では生きていけない。だから群れを成す。家族を作る」

幸「……」

橘「幼いころに、両親が死んで、親戚たらいまわしにされて……。確かに人を信用できないかもしれない。でもな、だからって自暴自棄になるなよ。お前を引っ張り上げようとする奴だって、中にはちゃんと存在するはずなんだ」

幸「……でも」

橘「お前はバカだ。甘え方も知らないバカだ。でも、ただのバカなんかじゃない。……誰よりも孤独を理解してる。だから人を思い遣れる。優しい、心を持ってる。だから、俺はお前を引き取ったんだ。お前なら、きっといつか人のために働くだろうってな」

幸「……」

 

■間

 

幸「……警官に、なったんだ」

橘「……あ? 警官に、なった? なりたいじゃないのかよ」

幸「そうだよ、俺は警官になったんだ。あんたが死んだあと、たくさんの人が悲しんだ。惜しい人を失くしたって、たくさんの人が嘆いてた。……俺が殺したようなもんだった。だから、その、あんたの代わりをして、警官になって、せめてもの罪滅ぼしをしようって……」

橘「……」

幸「初めは、本当に義務感からやってたんだ。でも、お節介でお人よしな同期とか、横暴だけど部下想いな上司とか……そういった人に囲まれながら、仕事して……仕事で、ときどきなんか人助けをして、『ありがとう』って言われたりして……警官も悪くないって、思い始めて……」

橘「でも、お前の場合、不良警官なんだろうなぁ」

幸「うっせー、さんざん他のやつらに言われてるから分かってんだよ。手が出やすいし、口悪いし、近所のガキになんか赴任した時に泣かれたんだぞ」

橘「……はは、……見てみたいなぁ」

幸「……初めの1年目は、誤解されることも多かった。お前みたいなやつが警官だなんて世も末だなって。でも、ちゃんと働けば、認めてくれるんだ。……俺は、その時初めて、警官っていいなって……そう、思った……」

 

■間

 

橘「……お前、まだ17歳のはずなんだけどなぁ。警官なるにはいくら何でも若すぎる。だけど、妙に具体的な未来の話なんかしやがって……。しかも、俺は死んでると来たもんだ」

幸「…………信じられないよな」

橘「……いや、きっとそうなんだろうなって思った」

幸「自分が勝手に殺されてるのに、やけに軽く返すんだな」

橘「おう。刑事なんて仕事してんだ。ましてや俺は捜査一課だぞ。刑事の中でも殺人とか専門なんだから当然危険と隣り合わせだろ。いざというとき後悔しないように、覚悟決めてるんだよ。まぁ、老衰でハッピーに死ぬ、のが目標だったんだが」

幸「……死んだよ。捜査中でもなく、犯人に殺された訳でもなく、喧嘩して飛び出した俺をかばって、……あっけなく死んだ」

橘「…………」

幸「……俺は、あんたに、いつか、恩を返さないといけなかったのに、……それに気づく前に、あんたは……」

橘「やっぱ、なんか今日のお前は変だなぁ。殊勝で情けねーから変っていうのも、そうなんだが……まるで未来から来たみたいだ」

幸「……そうだと言ったら……?」

橘「はっ、大人をからかうんじゃねーぞ。俺はそんな非現実的なこと信じないからな」

幸「…………そうだよな。俺も、過去を変えられるなんて、信じていなかったんだから」

橘「……でも、そうだなぁ。もしも、未来のお前が俺を死なせたことを後悔して、ここに来たっていうんなら……」

 

■橘、立ち上がる。それから幸の頭をわしゃわしゃやる。

 

橘「過去なんかにくよくよしてんじゃねー。俺はな、助けたいと思う奴しか助けない。もしも、お前をかばって俺が死ぬとしても、お前が、幸せに生き続けるのならそれで十分だ」

幸「……」

橘「お前は自分勝手で、どうしようもねー奴だけど、根っからの悪もんじゃねー……。

  変なとこで義理堅くて、バカみてーに直球で、単純な……俺の息子だ」

幸「……引き取っただけの子供だろ」

橘「血がつながらねーから家族じゃないってか? バカ言うんじゃねぇ、2年も同じ屋根で毎日一緒に暮らせばなぁ……もういっぱしに家族なんだよ……」

幸「……でも、俺があんたを……」

橘「自分(てめー)の息子が道を踏みはずしたのなら、どんなことしてでも元の道に引き摺って戻してやるのも親の務めだ。……あのなぁ、将来に対しての希望も、夢も、失くしてしまったような顔してんじゃねぇぞ。お前は、幸せになる権利がある」

幸「そんなもん、……」

橘「……お前、そんな名前貰っといてよく言うなぁ……」

幸「……名前……?」

橘「お前の、本当の両親だって、そう願ってつけてくれたんだろ」

幸「…………」

橘「……『幸せ』って、書いて……幸(ゆき)。大丈夫、お前はちゃんと幸せになれるさ」

 

■幸が思いついたように立ち上がる。橘が頷き、幸が走り出す。

 照明が変わる。橘がはける。幸が再び登場。時計の音が鳴り始める。

 美里とすれ違う。美里に声をかけようとするが、そのまま横を過ぎ去る。美里は微笑んでからはける。

 百合がストーカー男と一緒に登場。百合を助けて、直ぐに別れる。百合ははける。

 敬一郎が、登場する。足を止める。

 

幸「……敬一郎。お前に、謝りたいことがある」

敬一郎「……」

幸「俺は、松井さんを助けたいと思って過去を勝手に変えようとした。過去は絶対に変えられないのに。戻らない過去に縋ったんだ」

 

幸「でも、その結果、お前が死んだ」

敬一郎「……もしもの、話をしてやるよ」

幸「……」

敬一郎「もしも、お前が元の時間に戻りたいっていうのなら、そう、強く願えばいい。何も変わらず、橘信二はもちろん、松井美里もなくなった、あの時間に戻れるだろう」

幸「……」

敬一郎「もしも、お前が別の未来を選ぶなら、このまま進んでいけばいい。お前がいじった時間の代償で、あの時降り立った未来とも様相が変わっているけどな」

幸「……なんで、お前がそんな話をしてくるんだ」

敬一郎「そんな小さいことが気になるのか?」

幸「……ああ。そうだな。そんなことに気にしている暇はない」

 

■幸は懐中時計を取り出す。

 

幸「……こんな時計、必要なかった。あんまりいじってはいないけど、使い方を聞いて……俺の弱い心が、これを使わせた。誰も見ていない場所で、隠れるように……。

 

 でも、そうだよな。いつだって、何があったって、それが俺の歩んだ時間なんだ。

 戻すことも、進むことも、できない。必死に生きたその結果が、今の俺へと繋がっていく」

 

幸「だから、……俺は、どっちも選ばない」

敬一郎「残念ながら、その選択肢はない。何もしなければ、お前がいじったことによって様変わりした未来が待つのみだ」

幸「……はは」

敬一郎「……なにが可笑しい? 気でも違ったか」

幸「いや、敬一郎の姿しておきながら、お前全く性格違うなって」

敬一郎「何が言いたい?」

幸「……いや、神様ってのは、信心深くないんでいねーと思ってたんだけどよ。『すべての時間は平等』か……。あんた、結構いいこと言うじゃねーか」

敬一郎「……私がこの姿で現れたのは、進みゆく世界ではこの男がいなくなるからだ。最後に一目でも見せてやろうと思ったのだが」

幸「いいや、必要ない。すべての時間は平等に訪れる。どんな未来だって、どんな過去だって、俺は受け入れてみせる」

 

■幸、懐中時計を壊す

 

◇照明 C.O.

 

第5章 エピローグ

■トキが舞台中央にいる。クロノスの声は天の声っぽいかんじで。誰でもいいので担当。

 

トキ「もー、クロノス様! 何好き勝手やってくれてるんですか!」

クロノス「お前こそ好き勝手やっていただろう。干渉はするなと言っていたのに、松井美里を救う方法の助言を出したり、勝手に橘信二に会わせたり。過干渉にもほどがある」

トキ「そうすることでですねぇ、私は長谷川幸につかの間の幸せを味わわせてあげようと」

クロノス「……お前、本当にあの男が絶対に不幸になるとでも思っているのか」

トキ「……えー? だから、私に時計持たせたんですよねぇ?」

クロノス「ふぅ、バカな部下を持つと上司は苦労するものだな。いいか? 『すべての時間は平等』なんだ。誰にでも、どんな奴にでも、決まった未来は存在しない。そして過去は、単なる終わった時間なんかじゃない。未来へつなぐために必要となる時間なんだ。今、このとき、この場所で、生きていくために、どれも必要な時間なんだよ。そういう意味で『平等』なんだ」

トキ「……それはー、つまりー……どういうことです?」

クロノス「はぁ、やっぱりお前が一番バカだろう」

トキ「ええー? 教えてくださいよぉ!」

 

■百合、登場。この際、百合は衣裳を変えておく。トキは、一歩下がって見守る感じで舞台上にいる。

 

百合「やば、かなり遅れちゃったけど、怒ってないかな……。あー、もう、最悪。せっかく決めてきたのに、電車の遅延とか……走ったせいでみだれまくってるしー!」

 

■百合、辺りをきょろきょろと見渡す

 

百合「……って、いない!? まさか、帰った!? あの、はくじょーもの!!」

 

■敬一郎、登場

 

百合「あ! ちょっと、木崎さん! ちょっと、聞きたいことあるんですけど!」

敬一郎「おー、相変わらずあんた騒々しいな。本性バレてからかなり毒抜かれたよなぁ」

百合「うっさい! ねぇ、お人よしの警察官なんでしょ? あいつどこいったのよ!」

敬一郎「おい、誰だよ。お人よしの警官って言ったやつ」

百合「そんなの一人しかいないじゃない」

敬一郎「あいつ、人の事バカにしやがって……」

百合「ねぇ、ちょっと、私これからデートだったのよ? 確かに遅れたけど、待ってもくれていないなんてひどすぎると思わない?」

敬一郎「遅れたって、どんだけ遅れたんだよ」

百合「2時間」

敬一郎「そりゃ帰るだろ!」

百合「呼び出してよ! 警官同士の連絡先持ってるでしょ! あいつ、プライベートの携帯はしょっちゅう持ち忘れる癖に、仕事用の携帯は毎日欠かさず持ってんのよ」

敬一郎「そりゃ、あいつは仕事の鬼だからな」

百合「ちょっと前まで不良警官って言われてたのに……ま、まぁ? そこがかっこいいんだけど」

敬一郎「……あんた、ほんとに毒抜かれたな」

百合「う、煩いわね! ほら、早く連絡してよ」

敬一郎「それは俺の仕事ではありません。今外回り中なんだよ。仕事の邪魔しないでくださいー」

百合「善良な市民が困ってるのよ!?」

敬一郎「あんたは決して善良ではない。至極まっとうに生きてるやつは、詐欺罪を問われたりしねーよ」

百合「か、かつての話じゃない! 被害者とは示談になったし、だました分はちゃんと返したし」

敬一郎「おー、それも、あいつのおかげだよな。あんたをしばき倒さなければ、もっと悲惨なことになってたかも知れないし。ていうかな、俺はまだお前のこと赦してないからな。お前がうちの交番にあんな案件持ち込まなければ、こっちは恋人が刺されるなんてこともなかったんだからな」

百合「……う、でも、松井さんは気にするなって」

敬一郎「病院行くたびに俺は『痛いから慰めろ!』と無茶を突きつけられてるんだけど」

百合「でも、あなたが松井さんに告白できたのはあれがきっかけのくせに!」

敬一郎「下手したら死んでたんだぞ! あの人はあっけらかんとしてるけどな、普通は許してもらえない大惨事だったんだからな! 反省しろ!」

百合「もうめちゃくちゃしてますー! それに、もう二度とする気もないし……裏切りたくは、ないからさ」

敬一郎「……、はぁー。あいつがあんたと付き合うって言って、マジかよとは思ったけどなぁ」

百合「……犯罪者を庇う警官って奇特だよねぇ」

敬一郎「自分で言うな」

百合「いや、でも、そういう警察官がいてくれたおかげで、本当に救われたんだけどね」

敬一郎「……そうかよ。……じゃ、そういうわけで俺はこれで。お前にかかわってるとさぼりになっちまう」

 

■敬一郎、足早にはける

 

百合「あっ!? ちょ、ちょっと、まちなさいよー!」

 

SE:電話の音

 

百合「……ケータイ! 幸から……! もしもし? ……、だ、だって、電車の遅延があったんだもん。ごめんってば……。え? チケットかった? しかも、数量限定の!? きゃー! 幸、愛してる!」

 

■百合、嬉しそうにはける

 

トキ「……まぁ、完璧な未来ではなかったでしょうけど、及第点といったところでしょうかね。橘信二は生きてはいないけれど、あの時話せたことが彼の中で自分を赦すきっかけとなった。それが彼の運命を大きく変えた。相変わらず、東雲百合のストーカ被害のせいで殺傷沙汰に巻き込まれたが、今回は双方の示談で解決。被害は最小限に収まった。もっとも、刺されているのが松井美里のような人間でなければまた別の恨みが発生しそうなものですが……」

 

トキ「まぁ、そうなったとしても、きっと乗り越えていくんでしょうね、きっと、彼ならば」

 

Fin

 

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◎詳細

 

テーマ 「変わらない過去」「未来への投資」「今を生きる」

時代設定 現代日本

 

登場人物メモ

 

  • 長谷川幸 27歳(2017年時) 2007年=17歳 2020年=30歳

 両親失くして、親代わりに引き取ってくれた恩人を失くして、荒んでる。

 不幸になる可能性が極めて高かったが、今を懸命に生きる選択をして未来をよくした。

 

  • 木崎敬一郎

 松井が好き。別の未来では松井を庇って死んでる。

 

 木崎が好き。幸の事は弟のように想ってる節がある。

 

  • 東雲百合

 借金も嘘。詐欺罪で訴えられても仕方ないことをマジでしてる悪女。

 愛情がよくわかってない。幸に救われる。

 

  • 橘信二

 2007年、幸をかばって交通事故で死亡。幸に自分の遺産を全部かけたので、幸は不自由なく高校、大学に通えた。幸の人生を一番大きく変えてくれる人物。

 

その他メモ

 

・序章について

 親友(元の時間)、恋人(途中で降り立った未来の時間)を指している。どっちも選ばないのは結末部と類似させるため。

 

・エピローグについて

 幸の記憶有無は描写しない。記憶があって、未来を変えようと動いた解釈でも良し、しらないけど未来を変えてたでもよし。

トキは「幸が橘を殺した」ということに関して自分を赦したという発言をするが、その真意は幸だけがわかるので、幸には語らせない。あえて幸を登場させない。